前回の記事で景気サイクルの説明をしました。そこで内閣府発表の景気循環について紹介しましたが、そこから見えてくる最近の傾向を僕なりに考察しましたので紹介します。
景気拡大期間・後退期間の長さ
内閣府のデータを改めて見てみましょう。拡大比率と後退比率は、僕が追加しました。
循環開始年 | 循環序数 | 拡大期間 | 後退期間 | 拡大比率 | 後退比率 |
なし | 第1循環 | ― | 4 | ― | ― |
1951年 | 第2循環 | 27 | 10 | 73.0% | 27.0% |
1954年 | 第3循環 | 31 | 12 | 72.1% | 27.9% |
1958年 | 第4循環 | 42 | 10 | 80.8% | 19.2% |
1962年 | 第5循環 | 24 | 12 | 66.7% | 33.3% |
1965年 | 第6循環 | 57 | 17 | 77.0% | 23.0% |
1971年 | 第7循環 | 23 | 16 | 59.0% | 41.0% |
1975年 | 第8循環 | 22 | 9 | 71.0% | 29.0% |
1977年 | 第9循環 | 28 | 36 | 43.8% | 56.3% |
1983年 | 第10循環 | 28 | 17 | 62.2% | 37.8% |
1986年 | 第11循環 | 51 | 32 | 61.4% | 38.6% |
1993年 | 第12循環 | 43 | 20 | 68.3% | 31.7% |
1999年 | 第13循環 | 22 | 14 | 61.1% | 38.9% |
2002年 | 第14循環 | 73 | 13 | 84.9% | 15.1% |
2009年 | 第15循環 | 36 | 8 | 81.8% | 18.2% |
2012年 | 第16循環 | 71 | ― | ― | ― |
景気拡大期間よりも景気後退期間は短いということは、よく知られています。景気はじわじわと良くなり、何らかのショッキングな出来事をきっかけに勢いよく悪化するということです。どれくらい違うのか見てみましょう。
- 拡大期間の平均:38.5か月(全期間中69.2%)
- 後退期間の平均:16.1か月(全期間中30.8%)
7割くらいは拡大期間だと分かります。
景気拡大期間の増大・後退期間の縮小
更に僕が考えたことは、拡大期間比率の増加・後退期間比率の減少が起きているのではないかということです。
期間を区切って平均値を比較してみます。期間を区切る目安として目を付けたのは、日本における管理通貨制度の開始時期です。
金本位制と管理通貨制度
管理通貨制度と、その対となる金本位制の説明を簡単にしておきます。
金本位制
自国通貨と金を交換することを国が保証するという制度です。 通貨というのは、実態はただの紙切れなので、その紙切れの価値を国が保証するために、金を裏付けとしていた時代があります。この制度では、国はいつでも通貨と金を交換できるように、発行した通貨と同額の金を中央銀行に保管しておく必要があります。勝手にお金を刷りまくるということはできません。
管理通貨制度
管理通貨制度は、通貨当局が景気の安定などを目的に、通貨の発行量を調節する仕組みで、金本位制とは相対するものです。ドル、円、ユーロなどの通貨の価値は、世界中が信用しているので、わざわざ金を裏付けとしなくてもよいということです。そして、ゴールドの拘束から解放された政府は、景気の状況に合わせて通貨を刷りまくったり、お金を市場から引き揚げたりすることができるようになりました。
19世紀から20世紀にかけて、先進各国は金本位制と管理通貨制度を右往左往しましたが、1978年には先進国における金本位制は事実上廃止となり、日本においては1988年に正式に管理通貨制度が開始されました。
では、日本で管理通貨制が導入された前後で、景気サイクルの傾向を見てみましょう。
確かに景気拡大期間が延び、後退期間が縮小しているように見えます。
しかし、気になるのは直近の第14、第15循環の後退期間が特に短いことです。このタイミングで何が起こったのでしょう。原因として考えられるのは、景気対策のために質的金融緩和に加えて、量的金融緩和が導入されるようになったことです。
質的金融緩和
質的金融緩和は、景気後退時に金利を引き下げることで、銀行が企業にお金を貸し出しやすくし、企業が設備投資や雇用に向かうように促すことで、景気を下支えするものです。市場に、お金が余り通貨の価値が下がる、つまりインフレになる懸念がある場合は、金利を上げて引き締めるという操作をします。
しかし、金利は引き下げられても最低0%までです。日本はゼロ金利にしても景気が回復しませんでした。
量的金融緩和
そこで登場したのが量的金融緩和です。量的金融緩和は、簡単に言えば政府がお金を刷りまくって市場にばらまくということです。その方法は、基本的には国債の買い入れで、それでも不十分なら証券や社債などのよりリスクの高い金融資産を買い入れることもあります。
2001年から2006年にかけて日本は世界初の量的金融緩和を開始しました。アメリカ連邦準備制度理事会(FRB)はリーマンショックが起きた2008年から2014年まで量的金融緩和を実施しました。続いて、ヨーロッパ中央銀行(ECB)も2015年から2018年まで量的金融緩和を実施しています。
直近ではコロナショックを受けて、FRBは無制限の金融緩和を行いました。その結果、未曾有の経済危機が懸念されていたにもかかわらず、株価はV字回復しています。
日本において量的金融緩和が導入された前後で、景気拡大・後退期間を比較してみましょう。
量的金融緩和の導入後で拡大期間は延び、後退期間が縮小しているように見えます。ただ、量的金融緩和のデータは第14、第15循環の2点しかないので、もう少し長期的に傾向を見る必要があります。
量的金融緩和による景気サイクルの変容
量的金融緩和は、当初はハイパーインフレを懸念する経済学者や政治家の声が大きく、恐る恐る開始されたようでした。しかし、中途半端にやったところで、インフレどころか、デフレがまったく改善されず、どんどん大胆に行われる傾向があります。
市場参加者も徐々にそれを認識しはじめ、市場でクラッシュが起きても、すぐに各国政府の無限のお金が入ってくるという期待を持つようになりました。ショーター(空売りで儲けようとする人たち)にも、政府の無限金融緩和とそれを期待した大量のロンガーを恐れてショートポジションを長くは持ちたくない心理が働いていると思われます。この施策は、逃げ遅れた弱者を救う効果も発揮してくれています。
その結果、景気後退期間はあっという間に終わり、世界経済の通常運行状態である緩やかな拡大に戻っていく傾向があるのではないかと考えています。
高度に管理された金融システムと世界経済の理想は、安定した右肩上がりの成長だと思いますが、実態は市場参加者の感情や思惑によって大きな波を起こしてしまいます。しかし、ここ十数年で人類が手に入れた量的金融緩和という武器は、この波の振幅と周波数を小さくすることに貢献していると考えます。今のところは。
量的金融緩和も万能ではないと思いますが、さらなる世界経済成長、金融市場の安定化に寄与する手法が発明されれば、大きな波を起こさずに株価が安定して右肩上がりになる世界が将来やってくるかもしれないと、個人的には想像しています。
金融イデオロギーとタカ派リスク
楽観論だけでなく、悲観的なシナリオも頭に入れておく必要があります。
金融に関してある種の信仰やイデオロギーのようなものをもっている人たちがいます。それは極度にインフレを恐れる人たちです。量的金融緩和に積極的な人をハト派と言いますが、このインフレ恐怖症の人たちをタカ派と言います。このタカ派が政権をとったり、通貨当局のトップになったりすると、景気後退時に量的金融緩和という特効薬を使わないことが考えられます。むしろ、彼等は景気後退局面で緊縮財政(金融引き締めや増税)をやらかして、その結果、長期的な恐慌に陥るリスクがあります。
日本で言えば、自民党は政治的にはタカ派っぽいですが、金融的にはハト派です。日銀の黒田総裁もハト派です。一方、前政権の民主党は金融的にはタカ派で、日銀前総裁の白川氏もタカ派でした。リーマンショックとタカ派の組み合わせは、酢豚にパイナップルくらい最悪で、この時代の日本経済は酷いものでしたが、白川氏の辞任が報道された途端に日経平均が急騰するという現象が起きています。
日本や米国の政権が変わるタイミングでは、次期政権がタカ派かハト派かは注目しておく必要があります。
まとめ
簡単にまとめます。
- 景気拡大期間よりも景気後退期間は短い
- 管理通貨制度の導入あるいは量的金融緩和の導入後、さらに景気後退期間は短くなったように見える
- 量的金融緩和により、景気後退局面で大量のお金が市場に入ることだけでなく、人々の意識の変化も相まって景気後退期間は短くなっている可能性がある
これを踏まえると、市場がクラッシュして株価が暴落しても、早期に景気後退局面は終了してしまうので、各国当局の動きを見て金融緩和の動きがありそうならば、早めに買い場を探す準備が必要になります。
あくまでも、これは僕の仮説なので、量的金融緩和も効かないような恐慌が起きる可能性もなくはないですが。
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